みすゞ生誕100年祭
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みすゞ生誕100年祭
日時
2003年4月11日(金)〜13日(日)
場所
仙崎みすゞ通り
主催
みすゞ生誕100年祭実行委員会


 1903年(明治36年)4月11日に童謡詩人・金子みすゞが生まれ、2003年でちょうど生誕100年を迎えました。様々な形で関連イベントが開催され、その中でも最も大きな事業が、仙崎みすゞ通りに完成した「金子みすゞ記念館」です。みすゞの誕生日でもある2003年4月11日(金)にその記念館がオープンされました。
  記念館の完成と共に、3日間仙崎みすゞ通りを中心に「みすゞ生誕100年祭」が開催されました。3日間でのべ4万人(実行委員会発表)が来場され、大変な賑いでした、。

←みすゞ生誕100年祭ポスター
◇1月中旬に完成されたポスター。長門市民2162名の方々の写真で、みすゞのモザイク画にしたデザインです。「ミンナイッショニオメデトウ」をみなさんの思いで、みすゞさんの誕生日を祝おうというコンセプトの元作成されました。大変好評で、初版2000枚のポスターは数週間程度で無くなり、追加印刷するほどの
人気でした。

●↓をクリックすると、ポスターの拡大写真になります。


▲パンフレット<おもて>
▲パンフレット<うら>


みすゞ生誕100年祭を終えて…


酒巻一男
□みすゞ生誕100年祭実行委員会実行委員長

 みすゞさんの101回目の誕生日が過ぎました。もうあれから1年が経つんですね・・・・。
 今さらながらみすゞ生誕100年祭を振り返ると、当時は気がつかなかったことに今になって「そういうことだったのかな」と思いあたることがあるんです。それは私たちがやろうとしたのは『日常』を『非日常』に変える、または『かつての再現』てことだったのかなと今、考えてます。
  仙崎みすゞ通りは仙崎に住んでいる人々の生活道路。極楽寺をはじめお寺が点在し、祇園様もあり…普段はご近所どうしで井戸端会議、商用の車がゆっくり通り、その後ろからネコが道の真ん中を歩く、そんなのんびりした通りです。もっともみすゞさんが生きた明治、大正期は北浦有数の栄えた町でいつも通りには人がいっぱいだったようです。私たちはこの祭でかつての賑わいを再現しようとし、いつもの静かな通りを3日間だけでも人、人、人で騒々しくゴチャゴチャの『非日常』の空間をつくりたかったのだと思います…みすゞさんの力を借りて。

小崎真一
□みすゞ生誕100年祭実行委員会事務局長


  記念館の完成に伴っての祭り企画が出てきたのが2002年9月頃の話。翌月には実行委員会の設立し、それからは会議、会議の連続でした。
  暮れも押し迫った12月中旬に顔写真のモザイク画ポスター案が浮上。祭りまでの時間を逆算すると時間が全くないことに気づき、クリスマス前後にカメラを片手に毎日写真を撮りに駆け回った。よくある企画のポスターだが、皆さんの気持ちのこもったこの「作品」は大好評をはくし、生誕100年祭の成功の予感をしたのが1月。仙崎小学校の子どもたちと何度も詩の朗読の練習、膨大な出店者の配置の検討、チケット販売に追われた立体会談、「4000枚にしたら?」という意見を無視して強行したプロジェクトM6000など…どのセクションも大変な準備だった。
  生誕祭当日はというと、右の写真の通り。少々の雨は降ったけれど、13日は絶好の「みすゞ晴れ」になり、4万人のみすゞさんへの「オメデトウ」が聞こえてきそうな気がしました。
  市民レベルの実行委員会を作り、何でも意見を言い合う会議を持ちました。みんなの「成功させよう」という思いが1つになった素晴らしいイベントだったように思います。関係各位のご尽力に本当に感謝いたします。



  2003年4月11日は童謡詩人・金子みすゞの誕生日、そして生誕100年の記念すべき日。その日、仙崎みすゞ通りに念願の「金子みすゞ記念館」が完成いたしました。午前10時から記念館前の道路を通行止めにし、多くの来賓を迎えての盛大な竣工式が開催された。

 長門市長式辞、矢崎館長の挨拶ののち、山口県知事・下関市長・長門市議会議長の祝辞。そして記念館の建設にあたり、尽力された会社へそれぞれ感謝状の贈呈。次にみすゞ少年少女合唱団の澄み渡る歌声で、華やかな式に華を添えた(左上)。そしていよいよテープカット(左中)が行われ、上村ふさえさん・上山七重さん・石井ふく子さん(プロデューサー)・池内淳子さん(女優)の方々によるくす玉も開けられた(右上)。竣工式の後、矢崎館長による内覧会が行われ、真新しい建物を参加者は見て回った。

引き続き、仙崎駅では「金子みすゞ号(右下)」の運行セレモニー(左下)が行われた。イラストレーター・尾崎眞吾氏によるみすゞのデザインが書かれた列車で、厚狭駅から仙崎駅までを運行する。第1号が駅に入ってくると大きな拍手が沸き起こった。そして最初の列車の乗客も含めて、記念セレモニーが開催された。

午後からはルネッサながとにて「金子みすゞ生誕100周年記念式典」が行われた。





  12日の土曜日からは「みすゞ生誕100年祭」の様々なイベントが開始された。

10時からは「ミンナイッショニオメデトウ」と題し、オープニングセレモニーが行われた。酒巻実行委員長の開会宣言の後、金子みすゞの長女である上山ふさえさんのお礼の挨拶。そして梅光女学院ハンドベル部による「Happy Birthday」の演奏が終わったと同時に、100個の黄色い風船が空高く舞い上がった。(右)そして白い鳩が仙崎の街に飛んでいき、集まった観衆から大きな歓声が上がった。またTYSの「ちぐまや本舗」にてその様子が生放送された模様。

 セレモニー終了後に記念館前では、みすゞ太鼓によるみすゞ音頭が踊られ、いよいよ生誕100年祭の始まり。(左中)

 およそ1kmあるみすゞ通りが5つのテーマに分けられた。記念館周辺はレトロな雰囲気の「昔々通り」、その南側はお土産やフリーマーケットの「買物通り」、記念館のすぐ北側には様々な食べ物屋さんが立ち並ぶ「食処通り」(左下)、その北側が「燃えろ!スポ天」や「みすゞふれあいパーク」などの「遊び通り」、そして一番北側に映画「みすゞ」や道の美術館などの「文化通り」

 また盛りだくさんのイベントも同時開催されて各会場では大変な賑わいをみせたようだ。(各イベントは個別に紹介いたします)

  12日の土曜日はやや雨模様だったが、13日は青空が晴れ渡る「みすゞ晴れ」となった。みすゞ通りはおよそ70店舗ほど集まったお店とたくさんの人で溢れ、歩くのにも困難なほど(左上参照)。オープンされた記念館も入場制限をしなければいけないほどの人であった。従来のみすゞ祭りを初めてみすゞ通りで行い、色々と難しい面もあったようだが、これだけの人が来場され、大成功だったと言えるだろう。



◇竣工式には池内淳子さんと石井ふく子さんも参加されました。

◇「みすゞふれあいパーク」多くの動物に触れ合っていたようです

◇協賛名の入った生誕100年祭ののぼりが街中に掲示
◇ボランティアスタッフが売り込みの最中にニコリッ!

◇レトロな写真と懐かしい蓄音機でタイムスリップしそうです


◇記念館はひっきりなしの人で、入場制限も…


◇みすゞ茶店でにっこり笑顔の長門商工会議所女性会の方々

◇「道の美術館」と題して、多くの子どもたちの作品が並べられる

◇「仙崎大漁浜焼き」で焼き係の恐持てのお兄さんたち

◇「燃えろ!スポ天」では、サッカー・野球・バスケを開催

◇疲れきっているプロジェクトM6000のスタッフたち

◇音楽会はこんな雰囲気…とっても癒されます

◇とにかく元気一杯のレトロな郵便局の皆さん

◇4月に開局したほっちゃテレビでは特集番組を制作

◇すんごいパワー炸裂の仙崎婦人会の皆さん

◇長門大津おやこ劇場さんの遊びエリアもすごい人でした!

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