■ちひろ
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シンガーソングライター


◇出身 山口市
◇生年月日 S46.12.21
◇血液型 O型
◇好きな芸能人 トムハンクス
◇好きな色 エメラルドグリーン・ベージュ
◇自分の長所 楽天家
◇自分の短所 思い立ったら即実行しすぎ


 

まず音楽との出会いをお聞きしましょうか?

4歳からピアノと歌を習い始めました。中学2年の時に練習がいやになって、いったん辞めたんです。でもやっぱり音楽が好きで、学校のブラスバンドでクラリネット吹いてて…

歌はどうやって出会ったのですか?

周りが音大に行かせたくて、「ソルフェージュ」っていうクラシックの教則本なんかで練習をさせられてましたね。でも私の中ではアイドル志向が強くて…松田聖子が大好きだったんですよ(笑)

高校生活はどうでしたか?

高校に行ったら絶対バンドやろうって思ってたんです。 白井貴子、ハート、バナナラマ、カバーガールズのコピーバンドをやっていました。「Beyond words crazy band」っていう恐ろしいバンド名でしたね(笑)

卒業後、京都の大学に行って軽音楽部に入りました。そこでは色々なジャンルの音楽をやりましたね。エリッククラプトンとかブルース系だったり、プリプリもやったし、あとは自分達のオリジナルをやってました。その曲は私も書いたりしてました。
大学時代にゲームにはまって、そのゲーム音楽に魅せられたんです。ゲームっ子だったんですね(笑)。特に「ファイナルファンタジー」の曲を聴いて作曲家になりたいと思ったんです。

それからゲーム音楽の方へいこうと思ったですね。

はい。コンピューターミュージックの専門学校に、自分でお金を出して、大学に行きながら夜に大阪へ通いました。打ち込みを習う為に…そこで学校側もビックリするくらいがんばって、そこの学校で私が初めてゲーム会社に受かったんです。

その会社には何年くらい働いたのですか?

1年ですね。「ドラゴンボール」のスタッフもやったんですよ!その頃はプレステが出る前だったから、音の容量が限られてて、音の容量も限られていたので、いらない音を省いて必要な音だけを使うという基本を学びましたね。

24歳で東京に上京しました。その会社で知り合った音楽仲間で、男性2人と3人でユニットを組んだんです。オリジナルの曲を作って、それが東京の事務所に認められて上京したんですよ。



上京してバンドでやっていこうと?


はい。でも半年で音楽の方向性がちょっと別れちゃって、1年後に解散しました。こういう話はよくあるんですが…それで私はシンガーソングライターでやっていこうと決意しました。

1人になってからのお話をお聞かせ下さい。

東京で自分のオリジナルを作ってたんだけど、そのうちに他の人の曲を作ってみないかっていう話が来たんです。一番最初がアニメ声優で木村亜希子さん(「バサラ」っていうアニメの主人公の声をやってる人)のアルバム5曲担当したんです。

そしたら私は自分がアーティストなのに、ジャンルを固定しないで結構幅広い曲が書いちゃうので…「作曲家に転向した方がいいよ」って言われて、作曲家に転向したんです。

そしたら遠藤久美子さんの曲が決まったり、アニメの主題歌とかを作ったりしました。でも自分の音楽の方向性がそっちに流れちゃうと、今度は自分の作りたい音楽が作れなくなっちゃって…

クライアントさんの希望の曲を作らないといけないという…?

それが苦痛になってきだして、どんどんストレスが溜まって…1年くらい曲が作れなくなって、それで帰ってきたんです。結局東京には6年半くらいいました。

夢も希望も無くなって「あ〜!もう原点に戻って何かを見つけよう」ぐらいな沈んだ感じで帰ってたんです。そういうストレスが溜まってて、親もそろそろ帰ってきたら?っていうので…

帰ってきてちょっとリフレッシュしようって感じの時に、ある人の詩に出会ったんです。

それが金子みすゞさんの詩なんですね?

そうです。その詩に曲を付けてみたいという気持ちになりました!みすゞさんの詩を見た瞬間に、私がこれまで悩んできた音楽の世界が見えたんですよ。「あっ!これだ〜!」って…



その辺の経緯から今活動されるまでの動きを具体的に教えて下さい。


2003年の春にみすゞさんの詩を読み始めて曲を作り始めて、5月末に山口市で音楽とイラストのイベントをするんですよ。それがきっかけでイラストレーターの尾崎真吾さんと知り合って、聴いてもらったら「あ〜いいね!僕もアニメーションとか色々考えてるから一緒にやっていこう」とおっしゃっていただいて…

12月21日に私の誕生日に、初めて山口でライブをしてみすゞの曲を歌ったんですよ。そこですごく反響があって、色々とマスコミが取り上げてくれたんです。

それから某ホテルの社長さんと尾崎さんのレストランで出会って、曲を聴いてもらったら気に入っていただいたんです。「自主制作で音も悪いし、だったらちゃんと作ろうじゃないか」ということで、その社長さんが後援会を立ち上げていただいて、3月28日にファーストアルバムを発売しました。それから5月にはラポールゆやで初のソロコンサートを開いたりと…

みすゞさんの詩の中で一番好きな詩は?

それを言われると難しいんです。でも、やっぱり代表作として「わたしと小鳥とすずと」が詩としても最も有名だから、私の中でもこの詩は特別かもしれません。コンサートでは最後に必ず歌います。

ちなみに、一番最初に作った曲は「空色の花」っていう詩ですね。

なぜみすゞさんの詩に曲をつけようと思われたのですか?

みすゞさんって人の生き方を自然の花とか空とかに例えて、深いことを言ってるんだけど、それをあっさり優しい言葉で表現されてるんですよ。今人が忘れてる思いやりとか優しさとか人に対する愛情の向け方を、みすゞさんは100年前の人なのに、現代の私たちの悩みを知っているかのようにすごく優しい言葉で教えてくれている。

いま人と人とのふれあいの仕方とかがすごく下手になってると思うんですよ。自分が愛する人に自分の愛情を表現する仕方がわからないというか…親と子の間だとか、自然に対するものだとかも…そういうことを思い出させてくれるのがみすゞさんの詩だと思います。

私は詩を書くより曲を作る方が得意だから、みすゞさんの詩の言葉を借りて、そこに自分のメロディーをつけたらそれが私の表現したい世界だったのです。



作曲をする時はどのようにして作られるのですか?


作ろうと思って鍵盤スイッチを入れて、そういうモードにしますよ(笑)。自分の世界に入って詩を読み始めて「あ!これにしよう」っていう感じで詩を選びます。それで、鍵盤を適当に弾きながらその詩を読み返して、そしたら段々コード進行とかメロディーが浮かんできて…

みすゞさんの詩に曲をつける以外にもオリジナル曲を作られているのですか?

そうですね。せっかく山口に帰ってきたから、私も山口発信で色々なことに自分も出来ることがあればお手伝いしたいと思っています。この前も高校総体相撲競技イメージソングも作ったりとか、そういう地元の町おこしに自分も歌で応援できるんだったらどんどんやっていきたいです。

8月29日にこちらの長門市でステージがありますよね?

はい。その時の「みすゞ夏祭り」でも歌わせてもらって、その後の油谷選手の応援イベントにも参加します。油谷選手の応援歌も作り、レコーディングも終了し完成しました。それをみんなに聞いていただいて、一緒にみんなで歌うようにイベントで盛り上がったらいいと思います。

今後の活動の目標とかあれば具体的にお願いします。

みすゞさんの詩の100くらい曲が付けれたらいいかなって思います。あんまり数にこだわらないで…自分のライフワークで作れるペースでやっていきたいんですよ。また11月にセカンドアルバムを出して、コンサートもやりたいですね。年に2回くらいみすゞさんのCDを出していけたらいいなぁ…それが何枚いくかはわからないけど。そのかたわら自分のすべてオリジナルの曲も作っていきたい!

将来の夢というと?

山口県を代表する歌手になりたいんです。山口県の人がちひろっていったら「あ〜あの歌ってる人だね」っていう感じで知ってもらえるように…

最後に、長門市に再々お越しになると思いますが、ちひろさんにとってLOVEな長門は?

そうですね。すっごい大好きで!私いっつもそうなんですけど、長門に来ると帰りがすっごい気持ちよく帰れるんですよ。だからホントに第二の故郷って勝手に思い込んでます!




++ あとがき ++

5月のコンサートで初めてちひろさんの歌声を聞きしましたが、澄んだ声は本当にみすゞさんの詩にぴったりだなぁと思いました。本人にお会いするとちょっと印象が違って、とっても気さくで色々なお話を聞くことが出来ました。油谷選手の応援歌を口ずさんて頂きましたが、とてもキャッチーな元気の出る曲でしたね!8月29日でのステージをとても楽しみにしております。
七夕の日に取材しましたが、「やまぐちの星」に輝いていただきますよう、今度のご活躍をお祈りいたします。

※ちひろさんについて詳しいことはご本人のHPをご覧下さい。
http://www.chihirosound.com/

取材日/2004年7月7日

写真/光田写真館


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