「自由だああっー!」とテレビでは犬井ヒロシが自由のブルースを声高らかに歌いあげているが、ここ長門の路上でも、ある自由を静かに、しかし堂々と主張しているものがある。
それはけして声高ではない、むしろ静謐でさえある。そばを通っても気づかない人のほうが多いかもしれない。しかしそれが表現しているものは自由に他ならない。その自由とは…「植木剪定(うえきせんてい)の自由」である。
人は植木を剪定するとき、切る分量を多めに植木職人さんに依頼する傾向にあると思われます。平たく言えば『どうせすぐ伸びるんやから大目に刈っちょってくださいぃーね。』というような依頼文章になろうか。わたしの家の庭にも植木があって剪定するときは、まさしく先ほどのような文章を口にします。しかしみなさん見てください、この大胆な剪定。いさぎよい見事な剪定です。剪定というより切断に近いか?まっぷたつです。まったいらです。よって『天平樹』と名づけてみました。「どのように剪定してもいいんだよ、自由なんだよ」と静かに語りかけているようです。思想の自由、信教の自由、集会、結社、言論の自由。職業選択の自由。そして植木剪定の自由。ここにまたひとつ新たな自由の概念が生まれました。そりゃ、どう木を切ろうが勝手だよね…。
ここまで書いててなんですが、「なんじゃーーい、そりゃ?」とおのれにつっこんで今回の発見伝終わりたいと思います。